REPORT

「グラフィックデザインのパトス」第7回 翻訳としてのデザイン(前半)


コンセプトをビジュアルとして「翻訳」するための方法論
様々なグラフィックデザイナーとともに、手を動かしながら全11回の授業を通して視覚表現を学んでいく「グラフィックデザインのパトス」。4月8日は、グラフィックデザイナーの岡﨑真理子さんによる初回の授業です。今回は「翻訳としてのデザイン」というテーマのもと、岡﨑さんのこれまでの創作物とそこに至るまでのプロセスに触れながら、コンセプトやテーマをビジュアルとして「翻訳」するための方法論に迫っていきました。

 


自分なりに『デザインのルール』をつくり、ビジュアルに置き換えて、展開させる

アートの展覧会や舞台芸術に関わるデザインを多く手がける岡﨑さん。その創作の中では、「まだビジュアルになっていないものをビジュアルに『翻訳』していくことを常に意識しています」と言います。そのために、「アーティストや作品のコンセプトから、自分なりにデザインの『ルール』を見出し、そのルールに沿ってビジュアルを作り上げるということ」を大切にされているそうです。今回の授業では、その実際の制作プロセスに沿ってこれまでの創作物をご紹介いただきながら、授業テーマである「翻訳としてのデザイン」のあり方に迫っていきました。

例えば、岡﨑さんが展示全体のアートディレクションを担当したアートフェア「EASTEAST_TOKYO 2023」のロゴデザイン。「東京に点在しているいろんなアートのコミュニティが繋がり、混ざり合う場を作る」というアートフェアのコンセプトを、「これから拡張していこうとしている個人を模した、バルーンのように膨らんだテクスチャー」「個人同士が垣根を越えてゆるやかに繋がる様子を模した、自由な曲線」として捉えていきます。そこからデザインの「ルール」を見出し、25のギャラリーが一堂に会する会場中のサインや告知物といった様々な形態に展開させていったと言います。

例えば、十和田市現代美術館で開催された企画展「百瀬文『口を寄せる』」の展示ビジュアル。「少年の役を演じる女性声優」をテーマに、映像と切り離された「声」が性別を超えた流動的な存在として表されることを示したサウンドインスタレーション作品を、「実像と虚像(影)が異なった形をしているイメージ」として捉えていきます。展示会場入り口のサインにはガラス素材を用い、陽の光とそこから生まれる影によってビジュアルそのものにも変化を与えることで「流動的な存在」のあり方を示していると言います。

デザインを構成する一つ一つの意味や目的を細かく解説してくださる岡﨑さん。ビジュアルそのものの力強さの裏側にある細密で秩序立った思考のプロセスに、生徒の皆さんも圧倒されている様子でした。

 


グラフィックデザイナーと一緒に頭を動かす

今回の授業を踏まえ、岡﨑さんから生徒の皆さんに出題された課題は、授業の舞台である日本橋を題材に「翻訳としてのデザイン」を実践すること。そこでは、街の風景やテクスチャから自分なりにキーとなる要素や構造を見出し、グラフィックデザインとして成立させていくための「ルール」を導いていくことが求められます。授業の後半では、そのウォーミングアップとして、生徒の皆さんが撮影した日本橋の写真を用い、それぞれがデザインの「ルール」を見つけていくための演習の時間が設けられました。

例えば、「ビルの壁に別のビルが映り込んでいる風景。ビルが周りの環境によって別の姿に変化していることが面白いと思った」という生徒の着眼に対して、「ビルの壁が鏡っぽい素材だから、映り込みには『影』と『反射』の2つのレイヤーが生まれているね。その2つのレイヤーをルールとして、ビル以外の色々な物体で置き換えてみたら新しい発見があるかも」と、岡﨑さん。例えば、「白い看板と白いコーン。単純な幾何図形が偶然横に並んでいる風景が気になった。パフェの具のようなかわいらしさがある」という生徒の着眼に対して、「風景の切り取り方が面白い。それぞれの単純な形や高さが作り出すバランス、トーンの合わせ方など、かわいらしいと思った要素をあえて一つに絞って考えてみることで、デザインのルールを作っていけそうだね」と、岡﨑さん。

自らが撮影してきた写真をケーススタディに岡﨑さんと一緒に「翻訳」を実践するという体験を通して、生徒の皆さんそれぞれが創作に向けた手がかりをつかんでいったようでした。

 


次回は、街をそれぞれが翻訳して生まれたビジュアルの発表会

「最初は戸惑うかもしれないけど、難しく考えなくて大丈夫。街の風景をみて自分が純粋に面白いと思ったものの理由を突き詰めて、まずは言葉にしてみよう。そこから少しずつ要素を削っていくと、元の風景とは全く違うイメージや、意外な形が見えてくるかもしれない。それが、私も手を動かしていてとても面白いと感じるところ。その創作のプロセスそのものを楽しんでもらえたらとても嬉しいです」と、岡﨑さん。授業の終わりには、課題制作に向けたあたたかなエールの言葉で、授業が締めくくられました。

次回の授業は、生徒の皆さんそれぞれが街を翻訳して生まれたビジュアルの課題発表。日本橋の風景を自分なりに切り取り、そこからデザインのルールを見出し、イメージに落とし込んでいく。ロジカルな手順に沿って少しずつビジュアルを作り上げていくような今回の課題制作は、生徒の皆さんにとって新たな挑戦になりそうです。

 

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