REPORT

「東京芸術中学(第2期)」 第24回 宇川直宏さん


「DOMMUNE」を紐解いてメディアの歴史を体感する
編集者・菅付雅信さんと13人の世界的クリエイターによる『東京芸術中学』。10月28日は現在美術家で「DOMMUNE」主宰の宇川直宏さんによる1回目の授業です。

元はグラフィックデザイナーとして様々なデザインを手がけていた宇川さん。2010年からは「今」を扱う芸術「現在美術」として、ライヴストリーミングスタジオ「DOMMUNE」からインターネットを通じて様々な番組を世界に向けてライブ配信されています。今回は、そのDOMMUNEを紐解きながら、メディアの歴史と役割を探っていきました。





メディアのそもそもから考える
GAKUのお隣にあり、「COMMUNE(小規模な社会共同体)」の次のステップとして名付けられたDOMMUNE。今回の授業では、気になるその名前の由来からはじまり、宇川さんの作品であり、総視聴者数1億人超のメディアでもある「DOMMUNE」の背景を紐解いていきます。

「このスタジオの原点でもある概念」と宇川さんが言う、野外に人が集まり音楽と共に「意識交流」を行うアメリカのヒッピー文化。街頭に人が集まり紙芝居やテレビを楽しむかつての日本の風俗。一人で映像を覗くように鑑賞する「キネトスコープ」などの映画以前の映像メディア。膨大な音楽史やメディア史の中からインスピレーションを受けつつ、宇川さんがDOMMUNEをつくりあげてきたことがわかります。

「メディアは社会のコミュニケーションの範囲を拡大する役割を持っている」という宇川さん。授業では、聖書や瓦版、新聞、ラジオ、ポータブル音楽プレイヤーなど、時系列に沿って様々なメディアに着目し、その歴史を概観。メディア史の中でDOMMUNEを捉えると、最前線を先導するその立ち位置も明らかになっていくようでした。


メディアとしての個人
「僕はほぼ毎日DOMMUNEにいて、そこから自分とアーティストとのコミュニケーションを配信している。その配信に世界中の人たちが集い、覗き見している。そしてそこからまた新たなコミュニケーションが生まれていっているんです」。自身で番組を企画し、自身がアーティストのアポイントを取り、自身が出演されることも多々ある点で、DOMMUNEはメディアであると同時に、まさに宇川さんのコミュニケーションの現場であることにも気付かされます。個人そのものがメディアであること、その可能性を実例を目の前にして感じることができました。


次回は、DOMMUNEから実際に配信
次回の宇川さんの授業では、生徒のみなさんが実際にDOMMUNEからの配信に挑戦します。テーマは、「個人史」。宇川さんは、個々人の生き方には「他者には到達できない絶対的なオリジナリティがある」と言います。メディアの歴史や機能と自分自身を重ね合わせて実感する機会になりそうです。

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