「わたしたちのファッション表現」作品一覧
「食」「ファッション」「建築」という領域において、10代がクリエイターや専門家と共にサステナブル社会を構想していった3つのクラス。その成果発表の機会として、有楽町を舞台に、2025年3月21日(金)から3日間、合同展示会を開催しました。
ここでは、ファッションのクラス「わたしたちのファッション表現」生徒の皆さんの作品をご紹介します。
「わたしたちのファッション表現」について
国内だけでも毎年10億着もの服が捨てられている今、ファッションクリエーションをどのように考えるべきでしょうか。装うことの喜びを味わい続けていくために、服づくりはどのように変化していくべきでしょうか。
ファッションと向き合いたい「わたし」が、現在も未来もそうであれる「わたしたち」になっていく。このクラスでは、ファッションと地球のより良い関係について考え、表現することに挑戦しました。
様々な社会問題と向き合いながら、それでも膨らむファッションへの想いが、ファッションのあり方を拡張させ、それぞれの表現を持ち寄って話し合う動機にもなりました。つくりたい。けど、手が止まる。でも、なお、つくる。そのジレンマを分かち合うことが叶えば幸いです。
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「生を感じるとき」太田紗倉
ファッションをファッションとして捉えると手が止まる。一方で、服を着る時に布が肌に触れるように、「触れる」ことをファッションの原理の一つとするならば、土が肌に触れるこのインスタレーションもファッション表現となる。その行為に意味を与えているのは、学校の裏庭で木に登ることに夢中だった幼少期の記憶。それは誰にでもある記憶かもしれないと思わせるものだ。その時に、「わたし」が「わたしたち」になっていく。
「(見えないものの響き)」田中陸渡
今までサスティナビリティを意識せず無闇に服を作ってきた。でも、ふと立ち止まると、意識せずにはいられなくなり、服づくりに抵抗を感じる。それでも「自分が服で救われた」という記憶が、「見知らぬ誰かが救われる服をつくりたい」という気持ちを走らせる。
「A litle bit of me 私を留めおく」菊池祐輝
日々、変わりゆく自分というものの一片を保つこと。そのためのファッションとして、左腕をワイヤで縁取り、紙を貼り合わせていく。その紙には日々の印象が写されたような写真や画像がコラージュされ、留められている。纏うものと装身具のあわいにあるようなこの作品は、日々、変わりゆく自分と呼応するように生成変化していく。
「服の中に眠る記憶達」諸橋壮太
記憶を着る。覚えていたくても、薄れていく記憶を留めておくものとしてのファッション。実際に着用された子供服と学生服が結ばれている。
「Who ate an ice cream?」吉田凪沙
様々なインスピレーションに囲まれ、ファッションデザインへのモチベーションは膨らむ。そして、数多くのサステナブルな素材が開発されていることも学ぶ。でも、簡単には手に入らない。だからこそ、創意工夫がもたらされる。体育祭で使ったリボンの切れ端。発売を楽しみにしていたアイスクリームの包装紙。身の回りの素材を使って完成したドレスはドールが着るのにぴったりのサイズだった。
「小さな宇宙船 / I can’t sleep without mom / Watch your step!」渡辺こころ
宇宙服、ベッド、ゲートからなるインスタレーション。宇宙飛行士のヘルメットをかぶって学校生活を送る少年が登場する映画にファッションを感じたことが創作の起点の一つになっている。身を守るもの。身を預けるもの。ファッションは時に、フラジャイルなものをそのままに保ってくれる。
「新しい思い出を編み込む」元屋柚咲
もう着ないけど捨てられない、思い出の服を持ち寄り、生徒のレクチャーのもと、自らリメイクしていく。ワークショップ。授業を通して10代が感じた「思い出と紐づいた服は長く着用する」ことを起点に、ファッションデザインへの紐付けていく。
展示会の全体レポートはこちら
「限界美食論」(食)の作品一覧はこちら
「未来都市における循環のシンボル」(建築)の作品一覧はこちら
(執筆:杉田聖司)