REPORT

「都市映像群」生徒作品一覧

「都市映像群」は、都市を舞台に視覚表現を探求するプロジェクト「都市へのユーモア」の一つとして実施している映像表現をテーマにしたクラス。講師には映像作家の斎藤玲児さんをお招きし、日本橋の街を拠点にしながら映像表現を学び、実践していきました。

このページでは、本プロジェクトのもう1つのクラス「グラフィックデザインの拡張」と合同で開催された「都市へのユーモア」成果作品展にて発表された生徒の皆さんの作品と、生徒自身によって執筆された作品キャプションテキストをご紹介します。
*映像作品の公開は8/31(月)までを予定しています。

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映像作品「風景を取り戻すために」について

作品のためのというよりも、「生きる」ための撮影を。街なかや個々の生活の中でカメラを回し続けながら、ときに日記にも取り組みながら、そこに写ったものや映らなかったもの、書けたことや書けなかったことにも想いを向けながら、映像を作品化していくプロセスを体験しました。

風景を取り戻すために

何から何までが自分のものか、ということがあまりに問題になりすぎているのかもしれません。
自分が買ったもの、自分で作ったもの、自分の身体、言葉、記憶。
足音や歯を鳴らす音くらいは十分に自分のものと言えるのかもしれませんが、それすらも今では危うい。
それでも、自分が見た風景は自分のものだと思います。

「都市映像群」講師 斎藤玲児

 

作品キャプション一覧

*上映順

「ふるさとの身体」(3:51) 長内椛香(Osanai Kaoruko)
私たちは、いつから与えられた風景の中を歩くようになったのだろう。
横断歩道、信号機、矢印。それらに身体の行き先や振る舞いが静かに規定されている。世界はもっと広く、曖昧で、自由なものだったはずだ。

本作では都市空間を歩き、踊る身体を通して、幼い頃に抱いていた故郷の風景との関係を探る。風景を取り戻すことは、失われた身体感覚を取り戻すことなのかもしれない。世界は誰のものでもないから。

「おりかえし」(2:53) 河口颯佑
ノスタルジーという状態は、例えば一日前にも起こりうると思うのです。
あなたと話したいのです。寂しいというわけではないのですが。
電話越しでもいいからその声が聞きたいと思うあなたへ。
こと会話においては、私よりも上手なあなたへ。
私よりアニメが好きだったあなたへ。
これ聞いたら折り返しください。

「風景を取り戻すとは」(1:03) タイタイ
私の作品は今まで撮った風景を用いて風景がもたらす影響を自分なりに考えたものになります。映像の風景を見て皆んながどのように感じるのかが気になってとりあえず、自分のカメラロールから個人的に綺麗そうなものを選んでみました。なるべく幅広く選んでみました。都会の夜景や地元の風景、海外で撮った写真など、映像とは普通何か共通のものを持ってると思いますが、私の場合はその点に関しては何も考えず、ただ自分の好きなように詰め込んだだけです。ただ、その中でも皆んなはこの映像にどういう印象を与えたのか自分だけのイメージを創造する目的でこの映像を作りました。

「ハイライト」(2:24) TAGAKI YUDAI
自分が過去を経験しているように日本橋もまた過去を経験してきた、そしてこれからも人と同じように日本橋は未来を経験していく

「前を/向いて/歩き/続ける」(8:35) との
生まれる前からあった建物が、すこしずつ、なくなっていくこと
全く違う建物が立って、かつてここに何があったのか
だんだんと忘れていくこと
代わりになるものが増えて、それが当たり前だと
慣れてしまうこと
この瞬間感じていることが永遠だって証明したいと思っても
わたしにはできない

風景を取り戻すために

変わってしまうことを恐れている
でも、たとえ全部変わっていったとしても
なにも奪われない だって
わたしはわたしのまま、そしてあなたはあなたのまま
生き続けている(たとえ命がなくても)

風景と対峙する
大切な人たちのいる場所へ向かう
わたしを包み込む
都市に
向けて

できることはなんだろう
繋ぎ留めようとして
見つめる
手をのばす
名前を呼ぶ
歩き続ける

風景へ、記憶へ

わたしはあなたと向き合いたいと思いました

untitled(2:11) 星
大好きって訳じゃないけど、跡形も無く消えたりしないでねという話。

 

 

「色を取り戻す」(4:32) 楓
風景とは色の集まりであり、眼が見る色は脳に送られて風景となる。なので風景は色とも言え、色を奪われることは風景を奪われることだと思う。私は色を自由の象徴と考えるので、色と自由を取り戻すテーマでこの作品を作っている。
昔、私たちは自由を奪われていた。生きる自由、選ぶ自由、動く自由、創る自由、云う自由、観る自由を奪われていた。私にはこの姿が日本橋と重なって見え、両者が出来るだけ早く色を取り戻すことを祈る思いもこの作品に入れている。
何かを創る人の中には、その人にしか分からない意味合いがあると思う。その精度などは人によって異なるかもしれないけれど、他人には完全にそれを理解することが出来ないのは確かだ。
それを出来るだけ分かりやすくするのが色に表すことである。そうやって人、生き物、宇宙の原理が創る彩りと、自分の彩りを広く伝える一つの手段が映像であり、ある意味一番自由な手段だと私は思う。私に未来のパレットを見させてくれた映像群の皆さんには本当に感謝しています、有難う御座いました。
この作品は世界中の色のみえる創者に捧げる。

「MO」(4:04) 矢澤杏朱
あの風景をもう一度見たい。

「めぐってめぐって」(2:34) 山下鼓夏
泣くことは結構好き 身体だけが、追いついてきてくれたみたいに思うから
視界が溶けだして はじめて焦点があう ほんとの風景を見せてくれて、ありがとう
この気持ちにさせてくれてありがとうね それがどんなものでもね
私の中をめぐってめぐって、私の体の一部になって またこんどね

「(都市と)ひとりごと」(3:00) 吉田陽馬
土地にはその土地ごとのリズムで、時間が流れています。試みに、地元の川べりの3分間と日本橋の3分間を並べて、見てみようと思いました。

「ここ」(1:00) 渡辺こころ
この映像は、
いまこの場所に存在している時間や記憶が、
いつか自分の中から消えてしまう前に、
その感覚を留めておこうとする、いまの私の頭の中の記録である。

作品に寄せられた感想群

展示会場では、映像作品とともに、生徒同士がお互いの作品に対して寄せ合ったメッセージを「感想群」として展示していました。その一部をご紹介します。