REPORT

「都市映像群」第3回 上映会①

それぞれの見た風景を持ち寄って眺める
「都市映像群」は、都市を舞台に視覚表現を探求するプロジェクト「都市へのユーモア」の一つとして実施している映像表現をテーマにしたクラス。講師には映像作家の斎藤玲児さんをお招きし、日本橋の街を拠点にしながら映像表現を学び、実践していきます。

街でのフィールドワークも経て、個々での作品制作がスタートした前回。4月18日に開講された第3回授業では、「名付けられないもの」というテーマでそれぞれに制作された作品の上映会を行いました。

「誰かが見た風景」として作品を受け止めることで感じられるもの
授業内でのフィールドワークも含め、およそ3週間の間にそれぞれの生活の中で撮影された映像と日記の朗読とが組み合わされて、作り上げられた作品。今回の授業は、それらをみんなで鑑賞し、感想を交わし合う時間になりました。「自分のつくったものを、誰かに観られるという体験はとても大事。そして、いろんな言葉をもらったり贈ったりすること。恥ずかしい気持ちもあるかもしれないけど、このクラスではそういうことを大切にしていきたい」と、斎藤さんは言います。

それぞれの作品を持ち寄って眺める。その中では、「映像の編集や音のリズムに、その人の生きているリズムみたいなものが重なっているような感じがする」「ただ、街の景色を見ているだけとも言えるのに、その人の空気感のようなものが自ずと感じられていくのが不思議。走馬灯を見ているような気持ちになってくる」「いわゆるギャグとかお笑いみたいなものではないのに、なんでか笑っちゃう。なんでだろう」と、様々なコメントが贈られていきました。

中には、「友達が見た風景を自分も観れたということが純粋に嬉しい」「最初は恥ずかしかったけど、見てもらえて嬉しくなった」といった言葉も。誰かの人生の一部としての「風景」、その表れとして作品を受け止めていくと、3分ほどの映像が途方もない質量として感じられていき、とても印象的でした。

失敗やエラーをユーモアとして捉えていく
初めて映像制作に挑戦したという人も多かった今回。中には、「たまたま撮れてしまった映像」や「編集中に起こったバグやエラー」が作品のエッセンスになったという生徒も。

それに対し、「失敗やエラーにこそ創作の面白さや個性がある。むしろそれが貴重だとも思います」と、斎藤さん。「今は機材やソフトがすごく便利で、間違わないように綺麗につくれてしまうけど、それに依存してしまうと個人の面白さがどんどんなくなって、みんな同じような作品になっちゃう。でも今回のみんなの作品はそれに全然頼ってなかった。本当にすごいと思う。このままどんどんつくっていきましょう」と、次回に向けたエールの言葉で、授業が締めくくられました。


次回は「口に入れるもの」をテーマにした2回目の上映会
次回も引き続き、それぞれの作品を持ち寄って上映会を行います。次のテーマは「口に入れるもの」。個人的でありながら、外に繋がっているものとして「口」という存在を捉えていきながら、都市を舞台にした映像制作に取り組んでいきます。

撮影:吉田陽馬(GAKU事務局)
執筆:佐藤海(GAKU事務局)

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