REPORT

「Beyond the Music(第2期)」第2回 音楽する脳


新しい音楽教育を求めて
音楽を通じて、言語、文化、歴史、物理、民族、テクノロジーといった、他の領域への学びを深めていく「Beyond the Music」。WONK/millennium paradeキーボーディストの江﨑文武さんが総合ディレクターを務め、授業ごとに幅広い分野で活躍する方をゲスト講師に迎えます。

4月22日(金)には、第2回授業「音楽する脳」を開講しました。ゲスト講師は、音楽と音楽家の脳を研究する脳科学者・演奏家の古屋晋一さん。音楽を鑑賞、演奏している時の脳や身体の仕組みを見ていき、創造性を発揮するための「伸びしろ」がどの部分に隠されているかを考えながら、音楽の教育や練習の仕組みを進化させていくための方法を探っていきました。

 


音楽と脳の関係性
科学やテクノロジーを活用し、「音楽家が創造性の限界を突破し続けられるための新しい音楽教育を創り出していく」ことを研究目的とされている古屋さん。その背景には、演奏家として活動する中で、適切ではない練習方法で手を痛めてしまった実体験があると言います。講義では、古屋さんが実際に研究されている内容や具体的な分析データを通して、音楽を鑑賞、演奏している時の脳や身体の仕組みをみていきました。

例えば、「幼少期から音楽に触れていると言語能力や記憶力が発達し、年齢を重ねてもその効果が続く」という、実際に音楽が脳を育んでいることがわかる結果。「音楽を聴くとドーパミンが出て幸福感を感じるが、そこに中毒性がないのは音楽特有の力」であるという結果には、古来から人が音楽に親しむ理由もみえてくるようです。また、それは必ずしも人間だけに限らず、「音楽のリズムにあわせて踊る鳥」など、人間以外の動物と音楽との関わりについても研究が進んでいるのだとか。さらに、演奏についての研究では、「練習量より練習の仕方が重要である」と言います。練習のしすぎで発症してしまう「ジストニア」という脳の疾患は、ピアノ演奏家の約50人に1人が発症しており、歴史上にもこの病により作曲家に転身した演奏家が何人もいるそうです。だからこそ、演奏家にとって古屋さんの研究が必要とされることがわかります。

その後は、ピアニストが効率的に練習をするために開発された「マルチモーダル評価システム」に実際に触れながら、その仕組みを体感していきました。このシステムは、演奏している時の指の動きや力の入り具合など身体の様々な状態をデータとして測って記録して解析することができるもの。これまで感覚的に捉えていた演奏中の身体の使い方が数値やグラフとしてリアルタイムに立ち現れる様に、生徒の皆さんも江﨑さんも驚いている様子でした。「この弾き方は独特ですごくいいね。どんなイメージで弾いているの?」「思うように弾けないのは指が上に上がってしまっているのが原因かも。こうやってみたらどうかな?」と、授業の合間には、普段からピアノを弾く生徒の方が、古屋さんから直接アドバイスを受けるシーンもありました。

 


これからの音楽教育を10代と一緒に探る
授業後半では、「音楽の教育や練習の仕組みをさらに進化させていくための方法」を生徒それぞれが考えていきました。「私は慣れていない環境で演奏する時、なかなか普段の力を発揮しきれないことがある。緊張している時の脳や身体の状態を数値化して、客観的に見ることで少し安心するかも」「手の動きだけではなく、口の中の状態も見ることができるようになれば、管楽器など、もっと色々な種類の楽器を演奏する時にも役立つのではないかな?」「演奏中の『身体の力み』を減らすことができれば、もっと実力を発揮できると思う。演奏している時に身体のどの部分にどのくらいの力が入っているのかを、色で表せたりするといいかも。そのデータを共有できるツールとかがあれば、好きなミュージシャンのデータをみて参考にしたいな」と、古屋さんも江﨑さんも一緒に盛り上がれるほど、生徒の皆さんからは、各々の体験に基づいた実際的なアイデアが数多く出されました。

 


数字に表してみることで救われるもの
「『こんな仕組みがあったらいいな』と思って試行錯誤をしていると、一緒につくってくれる人やおもしろがってくれる人が集まって繋がっていく。今日、こうやって授業をさせていただくことになったのも、まさにその一つだと思っています。『これはなにになるんだろう?』と思わずに自分の好きなことにチャレンジしてほしい。そうしたら、みんなの未来はきっと想像もできないようなところまで広がっていくはず」と古屋さん。

「目に見えない、測れないものを数字で表してみることで、初めてわかることがある。一方で、これまで数字だけで考えていたことの、数字では表しきれない、目に見えない領域を見つめることも大切なこと。今回の授業を通して、これまでとは少し違ったものごとの見方を発見できたのではないかなと思います」と、江﨑さん。

最後には、講師のお二人からの、生徒の皆さんに向けたあたたかな言葉で授業が締めくくられました。

 


次回は、建築空間の中で音の響きを体感する
次回の第3回授業のテーマは「音楽と建築」。音楽家のために設計された「伊藤邸(旧園田高弘邸)」へ訪れての出張授業です。ゲスト講師には、建築家の花摘知祐さんをお招きし、教会やコンサートホール、ライブハウスなどの音環境が音楽の発展に影響を与える様々な例をみていき、実際に「伊藤邸(旧園田高弘邸)」の空間を体験しながら、音楽と建築の関係に迫っていきます。

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