REPORT

越境文学サロン 第2回


『鴨川ランナー』の著者であるグレゴリー・ケズナジャットさんが登壇
文学の越境性や私達自身の越境性に着目し、読書体験を深め広めていくことを目指すクラス「越境文学サロン」。 クラスの第1回から3回までをターム1とし、グレゴリー・ケズナジャットさんの著書『鴨川ランナー』を読み込んでいきます。

第2回目となる今回の授業には、『鴨川ランナー』の著者であるグレゴリー・ケズナジャットさんご本人が登壇。メイン講師を勤めるアレクサンドラ・プリマックさんがリードし、ケズナジャットさんの人生や日本文学との出会い、そして「越境文学」についてお話を伺いました。



日本文学が自身に開かれたとき
アメリカ・サウスカロライナ州の小さな町で育ったグレゴリー・ケズナジャットさん。お父さんがイランからの移民ということもあり、自分のルーツとしてのペルシア語に興味があったものの、「ペルシア語なんて話せても意味がない」と教えてくれなかったそうです。ケズナジャットさんはアメリカ生まれで英語が第一言語ですが、これをきっかけに英語以外の言語に惹かれていったといいます。そのなかで、たまたま地元にあった日本語学校で日本語を学び始めたことをきっかけに、日本に強い関心を持つようになりました。

16歳のとき、東京でのホームステイを経験したことで、「日本を理解したい」という思いがさらに強まりました。アメリカでは日本語を話す相手がいなかったため、日本文学に触れ始め、最初に読んだのは夏目漱石の『我輩は猫である』。その難しさに直面した後出会った、村上春樹の『ノルウェイの森』は自然と読み進められたそうです。

さらに、イラン系作家サラムシリン・ネザマフィが日本語で執筆した越境文学作品『白い紙』を読んだことで、日本文学が自分にも「開かれている」と感じたと語ります。京都で長く暮らしながらも、常に「よそ者」としての感覚を抱えていた彼にとって、文学の世界は「仲間になれるかもしれない」と感じさせる瞬間でした。



外国人という呪い
日本語を第二言語としながら創作を続けるケズナジャットさんは、「なぜ第二言語で小説を書くのか」とよく聞かれると語ります。その原点は、日記やコミュニティ機能を通じてユーザー同士が交流する場として流行していたソーシャルメディアプラットフォーム「mixi」。正しい日本語を書きたい、オチをつけたいという思いで文章を書き続ける中で、自然と文体ができあがり、小説の執筆へとつながっていったと語ります。
また、リービ英雄さんやデイビッド・ゾペティさん、李琴峰さんなど、他の越境文学作家たちの存在にも触れ、自分もその流れの中にいると実感したと語ります。さらにはアイデンティティやジェンダーなどのテーマを作品に取り入れる動きが、現代の日本文学では重要な潮流となっていることも紹介されました。

グレゴリーさん自身の作品は、私小説的な要素を含みながらも、どこかその自分自身を引いた眼差しで観察しているような感覚になってくるのが特徴的です。「アメリカでは日本語が使えず、日本では英語を使わない」という体験を通して、言語の境界を越えることへの関心が強まったとも語っていました。外の人ということで排除されたり、自分自身を外の人と思い込むような「外国人という呪い」を自分自身にかけていたと振り返るケズナジャケットさん。文学を通して言語の境界を越境していくなかで、今ではその呪いも少しずつ解けていったそう。さらには、日本語による文学作品が世界に広がっていく未来に期待を寄せているそうです。

和気藹々とした雰囲気の中で、行われた今回の授業。グレゴリーさんのお話しに耳を傾けながら、真剣な表情をしたり、声を出して笑ったり、授業後にも話しかけにいく生徒の皆さんの姿が印象的でした。

執筆・撮影:松村ひなた