REPORT

「創造的鑑賞入門」第3回 現代美術制作に先立つ鑑賞


制作に先立つ行為として鑑賞を捉える
「創造的鑑賞入門」は、慶應義塾大学アートセンター・キュレーターの渡部葉子さんによる「鑑賞」をテーマとしたクラス。全6回の授業を通して、鑑賞という営みを捉え直しながら「創造的鑑賞」を体感していきます。

鑑賞の前提にある「自分の身体」に着目することで、様々な鑑賞方法のあり方や、自分と作品との関係の結び方を探っていった前回。8月3日(土)に開講された第3回のテーマは「現代美術制作に先立つ鑑賞」。ゲスト講師は、「Chim↑Pom from Smappa!Group(以降「Chim↑Pom」)」メンバーとしても活動を行うアーティストの卯城竜太さんです。作品制作のプロセスにある社会や都市に対する着眼を「鑑賞行為」と捉え、その重要性について伺いつつ、生徒の皆さんも実際に手を動かすことで体感していきました。

 


簡単で奥深い、現代美術制作
アーティストは都市や社会に対してどのような眼差しを持ち、創作に向かっているのか。授業のはじめには、今年で結成19年目を迎えるというChim↑Pomのこれまでの作品やプロジェクトをご紹介いただきながら、「現代美術制作に先立つ鑑賞」のあり方を見つめていきます。

例えば、渋谷の路上に棲むネズミを捕獲する様子をドキュメントした映像作品「スーパーラット」。スーパーラットとは、都市環境や駆除剤に適応して強靱化したネズミのことを差した言葉。「そこに居るのに見えないものとされ、排除されようとしているネズミの存在が自分たちと重なった」と卯城さん。それは同時に、「見たくないものを見ないで済む」ようにシステム化された現代の都市のありようを浮かび上がらせるものになっていきました。例えば、「アジア・アート・ビエンナーレ 2017」出展作品として、国立台湾美術館の館内外に、200メートルに及ぶ1本のアスファルトの道を展開した「道(Street)」。道も美術館も同じ公共空間でありながら、それぞれ異なるルールを持つことに着目した同作品。そこでは、「美術館内でデモをすることはNGだけど、Chim↑Pomの道の上で、アートイベントとして行うならOK」というように、美術館側と交渉しながら「道」に独自のルールを設け、それに則って様々な活動を行うことで、「公共」という存在を問い直す場になっていきました。

どの作品も美術の専門性を求めない「簡単」な方法で制作されていながら、そこには都市や社会に対する鋭い洞察や着眼が窺い知れ、作品を介して鑑賞者へと拓かれていきます。「特殊な技術や能力が求められることで人を感動させるのは当たり前のこと。できるだけ簡単につくる。でも、鑑賞者に何かを考えさせたり、訴えかけたりする。それは現代美術においてとても重要なことだし、面白いところだと僕は思っています。だから、誰もが作品を作っていいし、アーティストと名乗っていい」と、卯城さん。そのほかにも、マルセル・デュシャンやマウリツィオ・カテラン、赤瀬川原平らによる前衛芸術集団・ハイレッドセンターといった、Chim↑Pom以外の様々なアーティストによる作品も紹介され、「簡単」であり奥深い、現代美術というもののあり方が浮かび上がります。

 


「簡単に作品をつくる」ことで見えてくるもの
レクチャーを踏まえて後半では、生徒の皆さんも実際にアート作品の制作に挑戦します。卯城さんからは提示されたルールは、「45分間」の中で「簡単につくる」こと。目の前にあるものや景色から何を見出し、どのように作品として形にしていくか。一見シンプルでありつつ、一筋縄ではいかないプロセスに一人ひとりが向かっていきます。

実践の後には、作り上げられた作品とともに、それぞれの制作体験を振り返ります。例えば、「道で拾ったりんごの虫食いの跡が、火傷しているように見えて、猛暑で辟易している自分と重なった」という視点から、りんごに日傘を模した木の枝を刺した作品。例えば、「『簡単に作品をつくる』ならば、なるべく他の人の力を借りて楽して作るべきだ」という視点から、複数の友達にメールで作品アイデアを募り、贈られてきた案や言葉と自分の持ち物を組み合わせた作品。そして中には、「アーティストが作品の『生みの親』であるならば、アーティスト自身も作品と言っていいのではないか」という視点から、身一つで発表に臨む生徒も。そのほかにも、写真や映像、立体、文字、言葉など、様々な形態の作品が発表されていきます。みんな同じ制作環境だからこそ、それぞれの見方や解釈の違いが浮き彫りになり、それが制作プロセスや作品にも色濃く表れていく様子がとても印象的。それぞれの着眼を楽しみつつ、「これどうやって見つけたの?」「こんなふうにしても面白そう」と、卯城さんと生徒の皆さんとの会話も盛り上がります。

 


鑑賞の眼差しを持ち続けることの大切さ
「『作品をつくる』という意識を持つことで、初めて見えてくるものがある。それはアーティストでなくても、誰しも日常の中で持っておくと良い視点だと思います。目の前のものをどのように見て、解釈するか。『鑑賞』というものは、必ずしも美術の中に閉じられたものではないはず」という卯城さんの締め括りの言葉は、生徒の皆さんに実感を持って響いていくようでした。

 


次回は、作品の「キュレーション」に着目する
次回の第4回も引き続き、卯城竜太さんをお招きして開講します。テーマは「鑑賞をつくる」。作品鑑賞のあるべき姿を思考し、その状況を作り出す「キュレーション」という営みに着目していきます。さらに、今回の授業で作り上げたアート作品を題材に「鑑賞をつくる」ことにも挑戦していきます。

執筆:佐藤海
写真:松村ひなた

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