「創造的鑑賞入門」第2回 自分と一緒に居る方法
鑑賞の前提にある、自分自身の身体と向き合う
「創造的鑑賞入門」は、慶應義塾大学アートセンター教授でキュレーターの渡部葉子さんによる「鑑賞」をテーマとしたクラス。全6回の授業を通して、鑑賞という営みを捉え直しながら「創造的鑑賞」を体感していきます。
「オブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)」の方法論を実践することを通して、「見る」ということにそれぞれがじっくりと向き合っていった前回。7月28日(日)に開講された第2回「自分と一緒に居る方法」では、振付家・ダンサーの砂連尾理さんを講師にお招きし、鑑賞の前提にある「自分の身体」に着目していくことで、鑑賞という営みのあり方を探っていきました。
よりよく鑑賞するための身体のあり方
今回の授業では、GAKUの運営母体であるログズの運営するアートギャラリー「PARCEL」を鑑賞の舞台にしていきます。
「自分の身体の状態によって、ものの見え方や捉え方は変わる」と、砂連尾さん。そして、「鑑賞とより良く向き合っていくためには『感覚を開く』こと。そのためには、身体をほぐして、胸を開くことが重要です。身体が変わると視線も変わる。これは舞台芸術や身体表現の領域においても大切にされていること」と言います。そういった身体の状態を体感していくために、今回の授業は、鑑賞に向けて「身体をほぐす」ところからスタート。簡単なストレッチから始まり、ログズスペースやギャラリー近辺の街なかを舞台に、様々な身体の使い方を体験していきます。
例えば、自分ができる一番ゆっくりなスピードで街を歩いてみたり、生徒同士で補助し合いながら目を瞑った状態で階段を登ってみたり、空き地に寝っ転がって空を眺めてみたり。普段の生活の中ではなかなか起こらないような動きやシチュエーションに少しドキドキしつつ、それぞれが自分の身体や気持ちの変化に着目していきます。生徒の皆さんからは「ゆっくり歩くことで、初めて地面と接する自分の足の裏の感覚に意識が向いた」「地面に寝っ転がったら意外と心地よくて、街を自分のものにしたような達成感を感じた」といったコメントも。身体の扱い方を変えてみることで、普段何気なく通り過ぎてしまうような街なかに新たな景色が生まれていきます。
「観る・観られる」に留まらない作品との関係の結び方
街での体験を踏まえつつ、作品鑑賞に向かっていきます。今回PARCELで開催されていたのは、国内外の4名の作家による、絵画表現を中心としたグループ展「Perspectives」。まずはそれぞれ自由に作品を鑑賞したのち、砂連尾さんのインストラクションのもと様々な鑑賞の実践に移っていきます。
例えば、座ったり寝転がったりと、「まっすぐ立つ」以外の姿勢で作品に向かう。作り手の身体の動きを想像するように、作品の線を指や身体全体を使ってなぞってみる。作品に描かれているものや人になりきって身体を動かしてみる。鑑賞者自らが作品へ働きかけていくような鑑賞方法を試みる中で、普段の作品鑑賞において、「無駄な動きをせず、まっすぐ立って観る」という暗黙のルールがいかに私たちの身体に染み付いているか、ということに改めて気付かされていきます。
鑑賞は次第に、自分と作品のみに留まらず、他の人の身体や視点が介入していくようなものになっていきます。例えば、視覚障害を持つ人と共に鑑賞を分かち合う「ソーシャル・ビュー」という方法論の実践。グループで一つの作品に向き合い、目を瞑った1人に対して複数人がその作品を言葉で伝えていくことを試みます。どのように言葉で表したら、自分が視覚的に読み取った情報を伝えることができるか?と考えを巡らせるプロセスの中で、例えば「草木の色から少し湿度を感じて、雨が降った後かもしれない」というような、視覚のみに収まらないような深い洞察が生まれていきます。
さらに、砂連尾さんと生徒全員(そしてGAKUスタッフも!)が一緒になって、みんなの身体で一つの作品を表してみることにも挑戦。作品に描かれている線一本一本をじっくり観察し、それになりきることで、ギャラリー空間におよそ20名の身体を使った大きな作品が出現します。表現と鑑賞。一見相対するようなそれらが、作品と自分との様々な関係の結び方を試みる中で、実はとても近しいものであるように感じられていきます。そして、それらの実践を通して、終始笑顔や笑い声の絶えない展覧会空間が生まれていたこともとても印象的でした。
世界を味わっていける身体、その先に創造がある
実践を終えた後には、それぞれの感想や気づきをみんなで分かち合います。「自分は観たものをすぐ言葉で説明してしまいがちだが、それを身体で使って表してみることで、言葉にできない領域で作品を感じることができた気がした」「作品を観る前は『大事な発見をしないといけない』と少しプレッシャーを感じていたけど、寝っ転がったり、色々な身体の動きをしたりしながら鑑賞することが純粋にとても気持ちが良くて、その焦りを消してくれた。他の作品や、ギャラリー以外の場所でもやってみたい」「絵の中の『山』を自分の身体で表現しているうちに、そこに一緒に描かれている木を抱きしめたいような気持ちになった。第三者として観るのではなく、その一部になってみることで初めて感じられたとても不思議な感覚」と、生徒の皆さん。
砂連尾さんからは、「鑑賞は目だけではなく、身体全体を使って感じられるものということを今回の授業で紹介できたんじゃないかと思う。そういった感覚をぜひ、日々の生活の中でも取り入れてもらえたら嬉しいです。色々なものごとに対して、いかに『遊んでいける身体』になるか。その先に創造があると僕は思っています。自分の身体でいろんなことを感じたり、他の人と関わり合っていったりする中で、見え方や感じ方は多様に変わっていける。世界を味わうことは、自分以外の人やものの存在があるからこそできること。今回の実践がそれぞれにとっての、次のステップを踏み出すためのヒントになったらいいなと思います」と、生徒の皆さんそれぞれの今後の活動や生活を後押しするようなコメントが贈られ、授業が締め括られました。
次回は、「美術制作」に先立つ行為としての鑑賞を考える
よりよく鑑賞するための身体のあり方や、自分と作品との関係の結び方を探っていった今回。次回の授業テーマは「現代美術制作に先立つ鑑賞」。ゲスト講師は、「Chim↑Pom from Smappa!Group」メンバーとしても活動を行う、アーティストの卯城竜太さんです。作品制作のプロセスにおける社会や都市に対する着眼を鑑賞行為と捉え、その営みの重要性について伺いつつ、生徒の皆さん自身も実際に手を動かすことで体感していきます。
執筆:佐藤海
写真:佐藤海、松村ひなた
協力:PARCEL