REPORT

「創造的鑑賞入門」第1回 創造的鑑賞入門としてのOBL


「見る」ということの創造性を体感する
「創造的鑑賞入門」は、慶應義塾大学アートセンター教授でキュレーターの渡部葉子さんによる「鑑賞」をテーマとしたクラス。全6回の授業を通して、鑑賞という営みを捉え直しながら「創造的鑑賞」を体感していきます。7月7日(日)には、第1回授業「創造的鑑賞入門としてのOBL」を開講しました。

「創造的」に「鑑賞する」とは、一体どういうことなのか。「見る」ことの創造性を捉えていくことで、そこから何が見出していけるだろうか。授業タイトルである「OBL(オブジェクト・ベースド・ラーニング)」は、文化財への新しいアプローチとしてイギリスやオーストラリアの大学を中心に近年盛んに試みられている学びの方法。そこでは、アート作品や学術資料といった複雑な意味や歴史を内包する「オブジェクト」との出会いから、感覚を研ぎ澄ましたり、考察を深めたり、対話を重ねつつ、自分なりの解釈を育むことが目指されています(メイン講師の渡部さんは、日本におけるOBLの第一人者として、その研究や普及にご尽力されています)。

初回となる今回は、そんな「OBL」を実際の展覧会を舞台に実践することで、「見る」という行為にそれぞれがじっくりと向き合い、「創造的鑑賞」のあり方を捉えるための糸口を掴んでいきました。

 


「感じて・考えて・伝え合う」ことの徹底的な実践
舞台となったのは、マイナビアートスクエアで開催された、建築コレクティブ・GROUPによる展覧会「島をつくる | Planning Another Island」。OBLでは「感じて・考えて・伝え合う」ことを徹底的に行っていくために、展覧会で設置されているハンドアウトをあえて配布せずに、前情報が無い状態で鑑賞を進めていきます。

実際に目の前のオブジェクト(展示物)に触れながら、ワークシートの設問をもとに、まずは、「大きさ」「色」「形」「匂い」といったオブジェクトそのものに付随する要素へ着目していきます。「自分の膝より少し大きいくらい」と言う人もいれば、「通っていた小学校にあったウサギ小屋くらいの大きさ」と言う人もいたりと、一口に大きさや形といっても、その表し方は様々。ワークシートへの記述や、生徒同士で言葉を交わし合う中で、一人ひとりの見え方や感じ方の違いが浮き彫りになっていきます。

問いかけは次第に、オブジェクトそのものに対する観察とともに、そこからより一層、推測や想像を広げることが求められるものになっていきます。例えば、「それは誰にとってどのような価値があるか」「社会や文化に対してどんなメッセージを発しているか」「そこからどのような風景・ストーリーが思い浮かぶか」など。これらの情報は一見、オブジェクトの姿形からは捉えきれないもののように思われますが、「感じて・考えて・伝え合う」ことを手がかりにじっくりと読み込みを進めていくと、不思議と「なんとなくこうなんじゃないか」というそれぞれなりの答えにたどり着いていきます。ああでもないこうでもないと、議論に熱中する生徒の皆さん。そんな姿を見ながら、導き出されたものの正誤を問わず、そのプロセスそのものがとても愉しく意味深いものだということに改めて気付かされます。また、そういったプロセスの中で、オブジェクトに対する好奇心や愛着のようなものも自然と深まっていく様子がとても印象的でした。

およそ1時間ほどにわたるオブジェクトへの読み込みを経て、生徒の皆さんの目の前に展覧会のハンドアウトが登場。その内容を踏まえながら、それぞれが対象としていったオブジェクトや、展覧会の全体像を改めて見つめていきます。「一部分を深く読み込むことで、空間全体を見るとさりげなく置かれているように感じられるものでも、その一つ一つの要素が実は展覧会の中で重要な役割を担っていることに気づくと思います。そして、そこから読み取った風景や感じられた様々なことが、展覧会全体の発するメッセージに通じていたり、それをより深く捉える手がかりになる」という渡部さんの言葉をそれぞれが肌で感じながら、「見る」ということの面白さや広がりを体感していくような機会になりました。

 


「見る」ことを通して、自ずと受け取ってしまったもの
「展覧会は出来事。鑑賞した後、それぞれ自分の生活に戻っていく。だからこそ、『そこで何を見たか』と共に、『そこから何を持ち帰ったか』を考えることがとても大切だと思っています。それが、たとえ展示と直接関係のないように思えることだったとしても、それぞれの今後の人生や生活において意味を持つような気づきに繋がるはずです」と、渡部さん。実践の後には、その体験をグループごとに振り返りつつ、そこでの会話をもとに、最終的にはこの展覧会のタイトルを考案することに挑戦しました。

「廃棄物を、時間をかけながら土に戻していくようなこの展覧会を通して、開発主義への反発や、発展しきった今の社会から元に戻ろうとするような動きを感じた。でも、それは単に昔に戻るということではなくて、これまで培った知恵や技術も携えながら、成長とは別の形でより良くなっていこうとしている感じ。そこから、船出から帰ってくる船を連想したので『帰船』というタイトルが浮かびました」「私たちが出したゴミで島が作られて、そこで私たちは生きている。島をつくるプロセスとして展示物同士が繋がっている風景から、一見関係ないように思える色々なものごとが実は影響を与え合っていて、繋がっているのだということに改めて気づいたから、『つながり』というタイトルが浮かびました」と、生徒の皆さん。展覧会空間を離れた後、その時の景色を思い浮かべてみることで改めて感じられることがあったり、読み込みがより深まっていったりという様子が、生徒の皆さんの言葉からも窺い知れるようでした。


「なんだか気になる」という気持ちが鑑賞のトリガーになる
「今回皆さんに体験してもらったOBLは、ものを『見る』ことを通して、自分が既に何を知っているか、自分はどういう性質の見方をする人間か、ということを知るためのものでもあります。展覧会の見方は自由です。わからないことを恐れることも、正しい見方を気にする必要もありません。だから、自分の気になるという気持ちをトリガーにして、気軽に鑑賞してほしい。そのための手助けとして、今回実践したOBLの方法論を活用してもらえたら嬉しいです」と、渡部さん。展覧会のみに留まらず、様々なものごとと対峙していく時のお守りにもなるようなコメントが贈られ、授業が締めくくられました。

 


次回は、鑑賞の前提にある「自分の身体」と向き合う
「見る」という行為を深めながら、そこから受け取ったものを、記述や会話を通してじっくりと見つめていった今回。「自分と一緒に居る方法」と題された次回の授業では、鑑賞の前提にある「自分の身体」に着目していくことで、鑑賞という営みのあり方を探っていきます。ゲスト講師は、振付家・ダンサーの砂連尾理さん。GAKUの運営母体・ログズが運営するアートギャラリー「PARCEL」を舞台に実施していきます。

執筆:佐藤海
写真:松村ひなた

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