新しい演劇のつくり方(第4期)第5回

六本木での着眼からつくってみる
GAKUが2020年より開講している演劇のクラス「新しい演劇のつくり方」。これまで3期の開講を通じて、多様な演劇の作り手の方々を講師に迎え、経験を問わず様々な10代が集まる機会を大切にしながら、まさに「新しい演劇のつくり方」を探求していきました。今期は講師に今野裕一郎さん(映画監督、演出家、「バストリオ」主宰)を迎えています。
11月23日(日)、5回目の授業となる今回は六本木を「散歩」。今野さんに加え、バストリオメンバーの橋本さん、黒木さんも参加。これまでクラス全員で歩いた野川やそれぞれの日常での発見や着眼を持ち寄り会話を重ねてきたクラスの皆さん。今回は皆さんの拠点でもあるこの街を改めて歩き、それぞれの着眼から一人ひとりが短い文章を持ち寄り、発表をつくっていきます。
なお今回はクラスの総合ディレクターを務める岡田さん、そして、GAKU事務局長の熊井さん(熊井さんが個人で主宰するスペースで、バストリオの公演も行われています)も授業に参加。創作の現場を「目撃」しながら、この場が持つ可能性はどのようなものかを、お二人の立場からも捉えていきます。







一人ひとりが大切にしたいことを全員で大切にする
3人1グループに分かれ、自由に3時間ほど歩いた今回の「散歩」。六本木から北、南、東、西の方角に進んだ道中での生徒の皆さんの着眼は、今回も心を動かされる瞬間として「写ルンです」に記録されました。(このパラグラフの写真は、生徒が撮影したもので占められています。)
ビルに映る東京タワーのシルエット、教会から聞こえてくるオルガンの音、長いトンネルの先に見える光、誰もいないポッカリと空いた空間、窓ごしのペットショップの犬、アパートの一室の窓、足元の虫を見つけるメンバーの背中、その時間をいつもとは違う自分で過ごす自分。
街で印象に残った風景だけではなく、街で過ごした時間を通して発見された、他の生徒や自分自身の新しい一面も持ち帰ってきた生徒の皆さん。今回は、まず一人ひとりがそれらについて短く言葉を紡いでグループに持ち寄ります。






不揃いのままに成り立つもの
生徒の皆さんが紡いだ言葉の一つひとつは、六本木の描写とともに、それぞれのこれまでの人生における経験を通した「個」が現れた文章だったように思います。なぜ、そのような文章が生まれたのか。そこには、これまでの耳を傾け合う授業の過程が裏打ちしていたように思います。
そして「個」でありながら、それを閉じずに他者と共有する。その経験としての「散歩の発表」に向けて、「発表するのは3人で1つではなく、3人で3つ。全員の気持ちが重なる部分、ではなく、重ならない部分、つまり、その人にしかない部分を大切にしたい」と今野さんは言います。
今野さんの言葉や、個々から生まれた文章を足がかりに、それぞれのグループで発表準備に取り掛かります。この「発表」というものが「演じる」だったり「戯曲の執筆」という言葉に置き換えられるものなのか。そこに逡巡が生まれるのが正直なところ。ただ、少なくとも、個々の経験において確かにあった何かを呼び起こす試みであるとは言えるような気もしてきます。その場で「やってみる」ということを繰り返しながら、感覚を頼りに、その「握っていた何か」を見出そうとする。まさにともに見出そうとするように、今野さんや橋本さん、黒木さんはグループを巡りながら、その「やってみている」様子を見守りながら、ときに様々な言葉掛けを繰り返します。
生徒の皆さんは、「ついつい、いつも話にオチをつけようとしちゃう」「ついつい、話し合っていると意見をまとめたくなっちゃう」と戸惑いながらも、講師のみなさんの言葉を受けて、次第に腹落ちが生まれているよう。オチをつけたり、まとめることによって、こぼれ落ちるもの。かき消されるもの。そういったものに意識を向けていくこと。そうすることで、立ち現れるもの。安易にまとめたり揃えたりしないで、むしろ不揃いのままであることをしみじみと味わうこと。そういった時間が流れていました。続く次回はクラス全体での発表です。
【リフレクションノート】
このクラスでは、文章やイラストや写真など、形式を問わずに生徒の皆さんの持ち回りで順番にリフレクションノートを提供してもらっています。それぞれの生きてきた経験。授業に参加して味わった体験。その体験が終わったあとの体験。さまざまな経験と体験が連なりながら、このクラスが進んでいきます。今回は次回授業に欠席予定の2名の方にノートを提供いただきました。
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